日経新聞記事『産業の発展過程』とマトリックス戦略バリエーション『事業展開戦略』

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 2012年11月30日付日経新聞の経済教室に

「家電不況の教訓(下)、産業の発展過程重視を」

という論文記事が載っていました。「ノーベル経済学賞を受賞したハーバード・サイモン氏が提起した視点に立ち返って考えて」みた内容とのことですが、私にはマトリックス営業戦略の『事業展開戦略』に非常に近い考え方であるよう思いました。そこでその記事の一部紹介と私なりの簡単な解説をしたいと思います。

 

―新産業誕生段階での事業特性として―

―産業の発展による、求められる事業特性の変化―

―統合型から分散型への転換に遅れた日本のデジタル家電産業―

―大きな産業潮流の変化を前提とした動態的な戦略観が必要―

 


―新産業誕生段階での事業特性として―

「新産業の誕生時には、・・複数の技術仕様が並立しており、(製品の)階層構造の流動性は高い。そこで企業は新製品を試行的に投入しながら・・学習していく。そのため産業初期から成長期にかけては、部品間の緊密な調整、すなわち摺合せ作業に頼らざるを得ない。・・摺合せ作業を重複する場合、柔軟で緊密な調整が可能となる垂直統合的な部品供給網が有効だ。取引コストの視点からも・・経済合理性は高い。この段階では階層構造を十分に明示できないため、暗黙知が価値を生む。」

 

この部分は、マトリックス営業戦略の『事業展開戦略』で言うと、事業のスタートから次の段階までの『事業立ち上げ期(パートナーシップ対応領域)』から『事業浸透期(エンジニア対応領域)』にあたる記述といえるでしょう。どちらも『オーダーメード対応』の領域であり、「摺合せ」が重要なキーワードになります。この文章では、部品供給体制の考察から、事業における垂直統合モデルの優位性まで言及しているのがさすがと思います。

一方で、展開段階としては、もう少し詳細な分析と区分けが必要と思いました。

 

{※たとえば、事業の立ち上げ期と事業浸透期では、その在り方は違う場合が多いのではないでしょうか。また、事業のオーダーメード度合(摺合せの度合いと内容)によっても、その在り方は変わってくるものと思います。限られた書面の中での文章ですので、そうした面は簡略化して書かれているよう思います。}

 

―産業の発展による、求められる事業特性の変化―

「その後、産業の発展につれて製品ヒエラルキーに関する知識が産業全体で蓄積、共有される。同時に、技術や能力が向上した多くのサプライヤー(部品会社など)が参入するため、様々な部品供給の可能性が高まり、ルール化の方策を巡り試行錯誤が繰り返される。結果として摺合せ作業の必要性は減り、外部から部品を調達しルールに従って組み合わせることで製品ができるようになる。

この段階では、柔軟な組み合わせを可能とする水平分散的な供給網の合理性が高くなる・・多くの取引は明示的にルール化されるため、以前ほど暗黙知は大きな価値を生まなくなる。特定サプライヤーへの依存度も低下するので、供給網の細分化と分散化がグローバルに進み、モジュラー(組み合わせ)型の生産ネットワークが台頭する。」

 

この部分はマトリックス営業戦略バリエーションの『事業展開戦略』では、「事業の急成長期(ハイスピード対応領域)」から「事業の成熟衰退期(コストダウン対応領域)」にあたるでしょう。ここでは垂直統合型モデルから水平分散的な供給網(モデル)への優位性の転換を説得力もって説明しています。確かに事業の発展段階が進み、そのおかれている状況が変わるなら、事業の在り方や体制も変えなければならないことになるでしょう。私の『4つの領域』の違いによる『営業組織の違い』にも類似した考え方と思いました。

 

{※マトリックス営業戦略の営業組織では、その違いを『有機的ネットワーク型組織』から『ピラミッド統制型組織」として,前者では『ネットワークのサッカー型組織(パートナーシップ対応)』『専門的な役割分担の、野球型組織(エンジニア対応)』、後者では『横一線統制型の軍隊型組織(ハイスピード対応)』『管理型の工場型組織(コストダウン対応)』としています。環境状況の認識は一致しているものの、大きな外部企業も含めた事業構造(事業チェーン)と社内を前提とした営業組織では、その求められるあり方が大きく違うことがわかります。

       

<ライフサイクル>     <外部事業構造>    <社内営業組織>

 新産業の誕生から初期段階 ⇒  垂直統合型モデル、  ネットワーク型組織

  産業の発展した段階   ⇒  水平分散型モデル、    統制型組織 

 

 

 

但し、ここでも発展過程を急成長期(ハイスピード対応)と成熟衰退期(コストダウン対応)に分けることは必要ではないかと思いました。そうでなければ、そのあとに出てくる日本の大手家電メーカーが陥った戦略ミスをきちんと説明できないと思うからです。製品差別性がその製品の魅力になっている急成長期の段階では、まだ垂直統合型のモデルが通用するので、日本企業はその競争力を保てると勘違いしてしまった。ところが、それが成熟衰退期に入った途端に、それまでの垂直統合モデルが桎梏になってしまい、臨機応変な組み合わせ対応によって可能な、コスト対応力をもった迅速な新製品開発が難しくなってしまったということではないでしょうか。その落とし穴に入ってしまったのが日本の大手家電メーカーである、と思えるのです。急成長期から成熟衰退期への移行のスピードを見誤ったと言えるのかもしれません。

 

{※確かに為替が急激に円高に移行して価格競争力が大きくそがれてしまったことも、輸出をメインにしているデジタル家電産業にとっては、より大きなハンディになっていることでしょう。しかし世界の中での日本の産業の置かれているポジションが、むしろそうした円高に振れやすい状況をもたらしたともいえるのではないか、と私には思えるのです。

いったん"負け戦"にはいると、今までプラスに働いていた要素が一気に逆転してマイナスに働きだし、さらに"負け戦"に追い打ちをかける・・という現象は、ビジネス世界だけでなく、人生のいろいろな場面で起こっているよう思います。「弱り目にたたり目」という諺には、当事者にそうなるそれなりの理由があるよう私には思えますが、みなさんはどうでしょうか。。}

 

―統合型から分散型への転換に遅れた日本のデジタル家電産業―

「このように産業発展過程に従って摺合せ型から組合せ型へ、統合型から分散型へ、暗黙知重視から形式知重視へと経営合理性は移行する。・・こうした基本パターンの下で、産業特性に応じて複数の発展のバリエーションが生まれる。その要因の一つは産業の複雑性の程度だ。自動車産業のように多数の部品間で複雑な相互依存関係を形成する産業では、階層構造のルール化が難しく、摺合せの必要性は依然として残る。しかし・・次第に組合せ型の実現可能性が高まる。・・ 

これに対し、デジタル家電などの産業では短期間のうちに、急速に摺合せ型の合理性が高くなる。同時に、供給網についても、統合型から分散型に転換する必要が出てくる。にもかかわらず、転換に遅れて統合型にとどまり続けると、製品コンセプトの仕様が過剰となり、高コスト体質に陥り収益性が低下する。昨今のデジタル家電産業の苦境を招いた一因といえる。

組み合わせ型では、・・組み合わせの妙で多額の研究開発投資をせずとも秀逸な製品コンセプトを生み出すことができる。米アップルのように・・。」

 

製品技術分野がどれだけ「オーダーメード対応」か「レディメード対応」なのか、の違いでしょう。まさにマトリックス営業戦略『4つの領域』の横軸の視点です。今後この違いを冷静に判断して、戦略の組み立てを見直していくことが必要でしょう。それも時間の経過とともに、その位置づけが変わっていくことを前提に、です。

米アップルの場合、最終ユーザーに提供している商品サービスの革新性は高いものの、そこで使われている製品技術の多くは、「レディメード型」である、ということになります。商品サービスと製品技術をはっきり分けて、その革新性や『摺合せ型』『組み合わせ型』の違いをはっきり意識することが大事ということも、ここであらためて確認したいと思います。

{※ここであらためて確認したいのは、商品や技術のポジションをとらえる視点です。次の4つの視点を挙げたいと思います。

 ①最終ユーザーに提供している商品・サービス(コンセプト)の革新性(度合)

  ・まったくこれまでにない満足を提供する商品サービスかどうか。またその商品サービスは、他社がどれだけまねできないものかどうか。

 ②商品サービスの販売方式や提供方法の『摺合せ』度合。

  ・「オーダーメード対応」か「レディメード対応」のいずれの度合いが高いか・・。

 ③製品技術の革新性とライフサイクル上のポジション。

  ・革新性が高くとも、すぐ追いつかれて類似的な製品が出てきやすいか、どうか。

 ④生産技術の優位性とその『摺合せ』度合(標準化度合)。

  ・生産による効率や技術品質の優位性がどのくらいあるのか。またそれは他社にどれだけまねできないものかどうか。

 

    アップルの場合、①は高いものの真似は可能でしょう。②は低く、③につい

   ても出来るだけ手離れよく売るという販売方式をとっているよう見受けられる

   ので、「レディメード対応」のウェートが高いものと思われます。そして④は

   製造委託しているので、ほとんど優位性は無いのではないでしょうか。

これまでの日本の大手メーカーは、どうも③ばかりに意識が強い場合が多かったよう思います。できれば①を磨いてほしいとも思いますが、それとともに、いやそれ以上に②や④の『摺合せ』による差別的な価値の創造や高い参入障壁づくりを目指していくべきと思います。それが日本人の強みを発揮することになるよう思えるのです。    }

 

 

―大きな産業潮流の変化を前提とした動態的な戦略観が必要―

「・・産業の成熟化に伴い・・(垂直統合的な仕組みから)より合理性が高い分散型へ戦略を転換する必要に迫られる。しかし・・新しい技術と製品を生み出そうとすれば、再び統合型の合理性が高まる。つまり・・両にらみのかじ取りが現実には必要になる。

・・企業は一度成功した仕組みを一層強化させる方向に・・進める傾向がある・・。シャープは・・。

成功体験がもたらす組織の慣性から逃れるには、合理的な仕組みと戦略はライフサイクルに応じて変化するという動態的な戦略観を意識的にもつ必要がある。変化のスピードが激しいほど、目先の現象への過剰反応ではなく、根底にある大きな産業潮流をつかむことが重要である。」

 

まさに私の思っていることと一緒と思いました。

但し「言うは易く、行ない難し」です。二者択一的な単純な考え方では、実際には危機がぎりぎりに迫るまで現状延長になってしまいやすく、手遅れになってしまう場合さえあるのではないでしょうか。シャープやソニーのケースが心配されるところです。

ライフサイクルからの視点だけでは、限界があるよう思います。

やはり変化とそこに対応する体制や戦略を、トータルな視点で構造的システム的にとらえること。その上で長期的な展望を持った戦略・作戦・実行手段を、一貫性を持って組み立て実行していく。

マトリックス営業戦略を体系的にとらえることが改めて重要になっているよう思った次第です。

                                    以上

  CBC総研のホームページ

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このページは、CBC総研が2012年12月 5日 12:37に書いたブログ記事です。

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