マトリックス営業戦略バリエーション⑥「領域複合化(包括化)戦略」の解説

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はじめに

マトリックス営業戦略の「4つの領域」をベースにした戦略バリエーションの解説です。

5つのバリエーションがありますが、ここでは5番目の「領域複合化(包括化)戦略」を解説したいと思います。

この文章だけでも十分趣旨は伝わるとは思いますが、内容をより正確にご理解していただくため、できれば小生のブログ等で『マトリックス営業戦略「4つの領域」の解説』を事前にご確認の上、読んでいただければと思います。

 

(5)『領域複合化(包括化)戦略』

―コマツの中国市場での事業モデルが『領域複合化戦略』の典型例―

―中国市場での、資生堂の戦略―

―楽天のEコマース事業―

―「領域複合化戦略」は、なによりトップのリーダーシップと、

現場での【すり合わせ】ノウハウが求められる―

―経営者と社員の"自己革新"が求められる―

―外部の専門家を活用する―

『営業マイスター制度』で「領域複合化戦略」を推進する―


(5)『領域複合化(包括化)戦略』

市場の成熟化がどんどん進んでいる現在、一つの領域にフィットした戦略だけでは、他社との差別化を図るのは容易ではない。領域にあわせた戦いをしっかり整えるのはもちろんのこと、メイン領域を一つに限定せず、複数の領域をつなぎ合わせた複合的な戦略を組み立てたい。そのことで自社独自のビジネスモデルを構築することが可能となる。特に、アナログとデジタルの相反する特性を持った事業活動を両立させ、さらには融合させたビジネスモデルが、新たに求められているよう思われる。

日本の文化特性からは、とくに『エンジニア対応領域』から『ハイスピード対応領域』を融合した事業モデルが比較的考えやすいだろう。

 

(複数の高度な「職人」的な技術技能を活かし【すり合わせ】た、

魅力ある独自な一般「大衆向け」商品サービスの開発と提供  

例:浮世絵版画)

 

またお客様との関係ステップをとらえて、そのスタートからゴールまでの総合的な品揃えをおこない、お客様との包括的かつ継続的な関係づくりを目指すトータル戦略も考えられる。

例えば、一人のお客様に対して、単品的な戦略商品提案から始まり、大型総合提案、技術サポートメンテナンス、消耗品の包括契約といった流れを作ったビジネスモデルである。

 <領域複合化(包括化)戦略の例>

:楽天のEコマース、キーエンス、トータル(ソリューション)提案営業、

(料金フリ―ビジネスの一部)、

物流業界の3PL(サードパーティ・ロジスティックス)

 

image11.ryouikihukugoukasennryakuzu.gif


―コマツの中国市場での事業モデルが『領域複合化戦略』の典型例―

 典型的な事業モデルを紹介しよう。それはコマツの中国市場での事業のやり方だ。コマツの坂根政弘会長の話によると、コマツの「ダントツ商品」として定義しているものの一つが「ハイブリッド油圧ショベル」だが、それだけでなく「コムトラックス」という情報端末をつかって、「ダントツサービス」を提供している。そのことで、「お客様にとってなくてはならない会社」になれているそうだ。

 

「(レベル7の最高度な)事例としては、当社の無人ダンプトラックのシステムがあります。鉱山で使う大型のダンプですが、高精度GPSで位置を測定し、鉱山内を無人で走行し、土砂を運搬します。・・コストが下がり、安全性も高まる。システムの運用はコマツが請け負っていますし、鉱山内の情報ネットワークもコマツが敷設して、情報をお客様に提供しています。ダントツ商品でダントツのサービスを提供し、顧客の経営まで関与する。・・ここまでくれば、製品の値段が高いとか安いとかは、大した問題じゃあなくなります。」

(日経ビジネス2012.6.4号坂根政弘の経営教室 第一回「ダントツ経営への道」)

 

まさに製品技術の強みに、独自なソフト的な強みを融合させている典型的な事例といえるだろう。

 

―中国市場での、資生堂の戦略―

 また海外事業の展開という点では、資生堂の戦略がこの「複合化戦略」にあたるだろう。資生堂は、日本ブランドの強みを活かした富裕層対象の高級化粧品市場において、中国の都市部から一歩一歩そのシェアーを高めている。その進み方は他の海外欧米競合他社と比べると、じつにゆっくりしたペースであるが、それには理由がある。それは、単に製品を売るのではなく、そこに資生堂のもつお客様にたいするカウンセリング価値をしっかり提供することにこだわっているからだ。だから、販売も百貨店を中心にしており、カウンセリング教育を強化して、カウンセラー育成にあわせて成長をコントロールしているのである。この製品プラス「カンセリング」技能サービスという複合化した価値の提供こそが、中国での資生堂の強さだろう。

 

 またこの製品プラス技能サービス提供に似たやり方をしている日本企業の事例として、「ヤクルト」がある。言わずと知れた「ヤクルトレディ」を海外市場でも育成して組織化し、地道にエンドユーザーへの直販を進めている。海外新興市場では、そうした販売員を組織化して、お客様に直接製品価値をしっかり知らしめながら着実に市場浸透を図っていくノウハウこそが、事業の強みとなるだろう。このやり方も「領域複合化戦略」の一種と言っていいのではないか。

 

 そもそも、たとえ日本国内で売れていたとしても、単品製品の強みだけでは、日本企業が海外市場で継続的に勝ち抜いていくのは難しい。日本国内ではないという海外企業としてのハンディだけでなく、多くの場合製品だけでは、その強みをいつまでも保つことが難しいからだ。高価格帯では、先進欧米企業が最高レベルの技術力とブランド政策で先行する一方、低価格帯では地元新興国企業がどんどん価格競争を仕掛けてくることは間違いないだろう。そこで日本企業は、この「領域複合化戦略」によって、製品の強みだけでなく、お客様現場での「すりあわせ」ノウハウの強みを発揮して、従来になく、またすぐには真似できない独自なお客様満足価値を提供できるようにしていくことが、より大事になっているよう思える。

 

―楽天のEコマース事業―

今一つ、今度はIT関連分野から事例をあげよう。楽天は、現在日本で圧倒的なシェアーを誇ってその売り上げを伸張させているEコマースの代表的企業だが、実を言えば後発参入組である。その楽天の先行した他社を追い抜き現在の隆盛を勝ち取った理由が、まさに「領域複合化戦略」にあるよう思われる。

三木谷社長は、Eコマースを立ち上げた直後、次のように語っている。

 

「ウェブ上で商品を出して売ることがEコマースではない。インターネットは自販機ではない。・・・エンターテイメントとしてもショッピングの楽しさを提供することが重要で、出店者には、何を売るか、ではなく、どうやったら売れるかに集中してもらう。インターネットというデジタル媒体は、エンターテイメントとしてのショッピングの新しい可能性を開くから意味があるのであって、単にスピードや効率を上げるためにあるのではない。我々の提供している価値そのものは極めてアナログなものだ。」

 

デジタルとアナログの鮮明な区分けを行うことで、インターネットというデジタル媒体を活用した、これまでの他社にはない新しい事業コンセプトをしっかり組み立てていることがわかる。さすがである。IT分野においては、多くの企業がアナログ活動のデジタル化による合理化や効率化に特化しており、ここまでアナログの価値をしっかり理解し、意図してい戦略的に進めている企業は、日本では本当に珍しい。実際楽天は、出店者のサポートを充実させており、ウェブを通した出店者と顧客との関係づくりのノウハウを蓄積し、それを大きな武器にして成長を加速していると言っていいだろう。

 また最近は、これまで外部委託だった物流体制を自社直轄の体制へ切り替えており、リアルな部分でのハイスピード対応体制を整備している。デジタルなIT分野では、むしろアナログ的な志向を強め、一方で物流といったリアルな分野では大量効率処理のデジタル化を進めており、「領域複合化戦略」にさらに磨きをかけようとしていることが、ひしひしと感じるのは私だけだろうか。

デジタル世界での合理化効率化だけでは、もはや差別化は難しいだろう。一方、リアルなアナログ世界での標準化や合理化の工夫の余地は、サービスやメンテナンス、コンサルティング、あるいは教育分野等を思い浮かべるなら、まだまだ多くいろいろあるよう思われる。

今後は、楽天の戦略から見られるように、デジタル世界でのアナログ価値の発揮、リアル世界でのアナログ活動の標準化、デジタル化という「領域複合戦略」が、多くの業界分野で進んでいき、いままでにない新たなビジネスモデルが生まれてくるにちがいない。そういう予感がする。

さらには、アナログ活動の標準化、デジタル化といっても、そこに独自なアナログサービスを付加すると言ったことまで進んでいくのではないか。アナログとデジタルが融合する世界の、更なる進化だ。

 

※ちなみに、楽天とよく比べられるのは、アメリカ生まれのアマゾンであり、その事業規模ははるかに楽天を超えて、さらに広がっている。但し、アマゾンは「領域複合化戦略」よりも、「先手必勝戦略」をより重視して事業を進めているよう思われる。実際、他社に圧倒するシェアーを押さえることを優先して、コスト競争や品揃え競争を仕掛けているし、リアルな物流体制構築を進めているのも、納期対応力と物流コストでの競争優位を意図しているよう思われる。その点では、楽天とは大きく違うだろう。現在、アマゾンを楽天が追いかけるような展開になっているが、今後楽天はよりアマゾンとの戦略の違いを明確に意識して、「領域複合化戦略」をさらに進めていくべきと思われる。

 

―「領域複合化戦略」は、なによりトップのリーダーシップと、

現場での【すり合わせ】ノウハウが求められる―

この戦略は、言うはたやすいが実行して成果を上げられるまで作りあげるのは容易ではない。なぜなら、領域が異なるということは、実務レベルでの目的も違えば、プロセスや活動方法、組織体制や管理方法まで異なる。求められる体質が異なる。いわば見えている世界が違うと言えるほどの違いがあるのである。それをドッキングさせてスムーズに運営できるまでにするのだから、並大抵の困難ではない。言い換えれば非常識の戦略といっていい。だからそれが出来た時には、圧倒的な差別化が出来るとも言えるのだ。

こうした異質な特性を組み合わせるには、まずトップのリーダーシップが何より重要になる。トップが『こういう独自なビジネスモデル、世界を作りたい!』と、鮮明に領域複合化戦略によって目指すビジョンと大目的を示し、しっかり社員みんなに共有化してもらうこと。

その上で、トータルなシステム志向による組織づくりが大事だ。事業のコンセプトを鮮明にした上、空間軸と時間軸でのシステムの全体像を設計し、その部分部分の領域の特性にあわせた活動方法をそれぞれ組み立てる。そして、それぞれのオペレーションの流れにあわせて部分を組み合わせて全体を最適に動かす。

一方でその異質な組み合わせによる動かしには、繊細な感性を発揮した現場での【すり合わせ】のノウハウが求められるだろう。その現場でのすりあわせノウハウこそ日本人の感性がぴったり合っているし、日本企業の独自な強みになるよう思われる。

このように見ていくと、「強力なトップダウン」と「柔軟なボトムアップ」の融合がこの戦略のキーポイントの一つであることもよくわかるだろう。

 

 ※ということは、大企業的な管理統制型のピラミッド組織では、この「領域複合化(包括化)戦略」を取るのは難しいということになる。

   最近の家電業界の大手企業が、テレビ等の大量生産品分野で韓国や中国の新興企業に大敗しているのは、管理統制型組織の病が蔓延していることも大きな原因の一つではないか。大量生産品分野では、確かに管理統制型組織の方があっているかもしれないが、そこではもはや日本企業は勝てない、ということだ。

  (この点も、以前私のブログで述べましたので、ご興味のある方はご参照下さい。

タイトル:

シャープとパナソニックの新社長は、真の不振原因をとらえているか」)

 

―経営者と社員の"自己革新"が求められる―

但し、はじめに一つの領域での勝ちパターンを作ってしまった企業では、こうした「領域複合化戦略」はなかなか取りずらいもののようだ。実際、私が企業のトップにこうした「領域複合化戦略」をご提案しても、「当社には、そうしたリソースが無いし、それをやれるだけの人材も今のところ居ない」とか「うちの会社の体質にあわない」などと言われてしまうことも多い。しかしだからこそ、必要だし、価値があるとも思えるのである。

会社は社長の器を超えられないというが、その器を越えなければ会社の発展は無い。

この「領域複合化戦略」を取るということは、経営者にも社員にも、自分のこれまでの殻を破って新たな境地を見出す"自己革新"が求められるのである。

 

―外部の専門家を活用する―

ではどうすればいいかとなるが、社長だけでなく現場の社員メンバー全員に対して、意識改革と新たなやり方に挑戦する意欲と実行、さらにはそこでの知恵と工夫、を引き出すことが必要になる。だがそれはなかなか難しい。そもそも"自己革新"は同一の世界にいる同質な自分達だけでは難しいと思うべきだ。知恵と工夫もその発揮の仕方がわからなければ、空回りをしてしまうだろう。やはり外からの強力な助っ人がいる。自社にはない異質な強みを持った外部の専門パートナーとの連携プレーだ。その中には当然、経営コンサルタントも入るにちがいない。だから私も、そんなお手伝いをしたいと思っている。

 

『営業マイスター制度』で「領域複合化戦略」を推進する―

この「領域複合化戦略」の一つとしてご提案したいのが、「営業マイスター制度(営業職の専門技能能力を評価する、社内外の人達を対象とした資格制度)だ。

 

これからの営業は、単なる売り込み力ではなく、お客様の満足をトータルにコーディネートできる総合的な問題解決能力が必要になる。そのための技能を整備して、一人一人の営業担当者の能力アップにつなげなければならない。商品知識だけでなく、お客様の事情やお困り事を深く理解し、どうしたらお客様満足を高められるか、接客やサービス、技能対応・コンサルティングアドバイス等・・その「お客様満足」のためのノウハウの向上である。従来の製品や技術的な強みに加え、個々のお客様の事情や状況(変化)にあわせて柔軟に対応する人としてのセンスや問題解決力の強みの発揮だ。

 

それを「マイスター制度」と言う仕組みとしてシステム的に機能させるのである。お客様満足のコンセプトを立てることから始まり、そのための製品選択や活用におけるトータルなノウハウの整備、お客様の現場での問題解決のためのヒヤリング・診断ツール方法の組み立て。そして自社営業担当だけでなく、そこに携わる社内外の多くの人達を巻き込み、意欲を高める組織的な運営ノウハウの構築。さらには商品開発改良まで。そうしたお客様最前線での価値向上の仕組みづくりは、製品力や技術力を超えた【複合的な強み】として、自社独自の差別的な強みを発揮する新しいビジネスモデルとなるだろう。

 

自社の独自な技術や製品の強みはこれまで以上に十分意識し磨きあげながら、それをお客様の最前線で最高度に発揮させる。そのためのトータルな人と組織の仕組みである。だから「独自技術・製品の強み」と「お客様満足実現のためのきめ細やかな人的なソフノウハウの強み」のドッキングとなり、必ずや日本の強みを発揮できる典型的な「領域複合化戦略」のひとつとなりえるはずである。

 

(例えばメーカーの対販売店などの流通対策としては、次のような効用がある。

「メーカーの製品販売ための研修制度」ではなく、あくまでもエンドユーザー様の問題解決、すなわち「お客様満足の実現とその向上」のための資格制度である。だから大義があって広くパートナーシップを募ることができるし、参加者の自主的な意欲や実行を導くことが出来る。さらには直接お客様(エンドユーザー)からの熱い支持を得ることも出来る。そして既存の流通のしがらみを超えることも出来るだろう。)

 

 (参照:ブログ:CBC総研商品紹介『営業マイスター制度の構築』

                                   

                                  以上

 CBC総研のホームページ

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このページは、CBC総研が2012年8月26日 13:01に書いたブログ記事です。

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