今回は、日経ビジネス2012・8・6~13号「ヤマトホールディングス木川真の経営教室:第2回 競争が広げる市場、戦う"土俵"を変えてこそ」の記事内容について、解説したいと思います。
実は、ここで木川社長はヤマト宅急便事業のこれまでの発展過程を述べているのですが、その内容は、私の「マトリックス営業戦略」バリエーションの「事業展開戦略」に、ほぼぴったりあてはまっています。大変驚きましたが、私の理論モデルを実証してくれる実例がここにあるよう思えて、大変嬉しく思った次第です。
そこで、記事内容について、私の「事業展開戦略」の内容ともすり合わせながら、解説していくことにしましょう。
―ヤマトホールディングスのイノベーションサイクルと
「マトリックス営業、4つの領域」―
<事業の立ち上げ期>
<市場の急成長期>
<市場のさらなる成長発展期(成長後期)>
<市場の成熟期>
<市場の再生、再創造期>
―マトリックス営業戦略バリエーション『事業展開戦略』との関係について―
―ヤマトホールディングスのイノベーションサイクルと
「マトリックス営業、4つの領域」―
木川社長は、ヤマト宅急便事業の事業サイクルを次のように述べています。それを、私のマトリックス営業戦略「4つの領域」の各対応にあわせると、次のようになるでしょう。
「前回、私はイノベーションを起こすためには重要創出のサイクルを作ることが重要だとお話ししました。
< イノベーションサイクル> <マトリックス営業、4つの領域>
①オンリーワンの商品を生み出す → 「パートナーシップ対応」領域
②ライバルの参入を受け入れ、競争環境を生み出す
→「ハイスピード対応」領域
③拡大する市場の中で圧倒的なナンバーワンになる
→「エンジニア対応」「ハイスピード対応」領域
④最終的にデファクトスタンダード(事実上の標準)となる
→「コストダウン対応」領域 →「パートナーシップ対応」領域
というサイクルです。」
さらに続けて、そのサイクルの内容をヤマト宅急便事業の成長過程にあわせて解説しています。
<事業の立ち上げ期>
「故・小倉昌男さんが宅急便を生み出したのは1976年。初年度の取扱個数はたった170万個でした。それが5年めの80年度には3340万個に達しました。損益分岐点を超え、経常利益率は5.6%になりました。
当初、運送業界は宅急便が成功すると思っていなかった。企業の荷物と違って、宅急便はいつ、どこから、何個の荷物が出るのか予測もできない。家庭の主婦をターゲットにした配送サービスを民間運送業者が手掛けるのは難しいと考えられていたんですね。」
ここでは、事業立ち上げ時の活動内容は述べていませんが、サービスの創意工夫と同時に、新しいサービスをもって新たなお客様を開拓していくことの苦労は多かったことでしょう。私は、この事業のスタート時は、お客様を巻き込んで新しいものに挑戦していく時期として、マトリックス営業戦略の4つの領域としては、「パートナーシップ対応」領域が当てはまるよう思います。
(※「パートナーシップ対応」領域とは、新しい切り口の提案をもって、お客様を大きく巻き込み、大口商談や新たな挑戦の決断を促す領域である。)
<市場の急成長期>
「―一気に30社以上が参入
それでも宅配便はサービス開始からたった5年で利益が出るようになった。すると同業者は宅急便を真似て、同じような宅配サービスに乗り出したんです。それも一気に30社以上です。・・競争相手が増えれば、それだけ重要が広がります。各社が切磋琢磨してお客様を獲得することで、市場の拡大に弾みがつく。旬を見逃さず市場を一気に伸ばすには競争が不可欠です。」
今から振り返ったから言えることかもしれませんが、競合参入を市場拡大の必要条件ととらえて、ポジティブな受け止め方をされています。さすがであり、実際ここで言われている通り、競合他社の参入によって市場が拡大したことは間違いないでしょう。ここでの領域は、市場の急成長期にあたる「ハイスピード対応」領域ということになるでしょう。
(※「ハイスピード対応」領域とは、素人相手にレディメードな商品サービスを単品単発的に手離れよく売っていく領域であり「新しい切り口の魅力をもって、一気に市場に浸透させていく作戦が当てはまる」領域である。)
そして記事では、すぐに次のような文章が続いています。
<市場のさらなる成長発展期(成長後期)>
「ライバルの参入によって競争環境が生まれ、市場が急拡大したら、次にすべきことは激しい競争に勝ち抜き、圧倒的なナンバーワンになることです。
その決め手は、他社との差別化にほかなりません。・・宅急便は誕生以来、市場で常にシェアトップを守り続けてきました。なぜ35年以上も1位を守れたのでしょうか。・・
76年の誕生以降、宅急便は続けざまに新しいサービスを投入してきたことがわかります。
「スキー宅急便」「ゴルフ宅急便」「コレクトサービス」「クール宅急便」。送り手の利便性を高めるこれらのサービスは80年代に開発されました。90年代以降は、荷物の受け取り手側にとって使い勝手が向上する機能が加わっていきます。「時間帯お届けサービス」
やセールスドライバーと直接話せる「ドライバーダイレクト」、コンビニエンスストアなどを使った「店頭受け取りサービス」がそれです。
小倉さんは、宅急便という成功したビジネスモデルに安住せず、それを絶えず進化させました。そして、新サービスはさらに新しい需要を生み出していった。ゴルフ宅急便やスキー宅急便はレジャーの手ぶら文化を作りましたし、クール宅急便は産直などの通販を活性化させて食文化を変えました。
これらの挑戦が続いて、宅急便市場が年々伸び続けていったんです。2000年代にはいるまで、宅配便の取扱個数はほぼ毎年、前年比5%増以上のペースで成長を続けました。」
このあたりのくだりの話は、ほんとに心躍る思いが伝わってきます。競争は激しいものの、それを超えて、まさに市場創造の連続だったのでしょう。
私はこの時期は「エンジニア対応」領域を中心に、そこから「ハイスピード対応」領域に至るサイクルの連続がおこっていたよう思います。すなわち、お客様の事情に深く入り込んで、専門的な対応をめざすことで新たなサービスを生み出し(「エンジニア対応」領域)、それを広く市場に横展開させていく(「ハイスピード対応」領域)といったストーリーです。
さて記事では、次にこの時期から一転した状況を語っています。
<市場の成熟期>
「―荷物だけを取りに行くな
しかし、どんな成功したビジネスモデルでも、いつかは必ず成熟期を迎えます。2000年代に入ると、宅配便市場も徐々に成熟してきました。同時に、ライバルとの品質格差は年々縮まって行きました。他社の追随によって日本の宅配便全体がレベルアップしたんですね。
すると品質や利便性より料金で選ぶお客様が出てきます。単価を下げてマーケットシェア―を広げようとする企業も増える。業界全体が不毛な価格競争に陥りがちになってしまうんですね」
日本の経済状況として、バブル崩壊後の2000年以降には人口縮小傾向の影響もあり、宅配業界だけでなく多くの業界で、業界全体がコスト競争に陥り疲弊していく傾向が顕著になって行ったよう思います。この時期の領域は「コストダウン対応」領域がピッタリ当てはまるでしょう。
そこでヤマトはどんな手を打ったのか。とても興味あるところです。
<市場の再生、再創造期>
「市場が成長を続ける間は機能を高めれば競争に勝つことが出来ました。けれどもマーケットが成熟してくると、それだけで圧倒的ナンバーワンの地位を守ることが難しくなります。戦術を変える必要に迫られたんですね。そこで私はおおきな方向転換をしました。
『これからは宅急便の荷物だけを取りに行くな』
・・・ヤマトホールディングスには・・優れた機能を持つ子会社が多くあります。・・各社が機能を単体で売っても、それぞれが価格競争に巻き込まれるだけ・・。そうならないためには、グループ各社が持つ機能を組み合わせてトータルの物流改革を提案する。『目の前の荷物を取りに行くのではなく、ソリューションを売ろう』。それが『宅急便の荷物だけを取りに行くな』という言葉の真意です。
・・ソリューション営業を実現するために『JST(ジョイント・セールス・チーム)』を編成しました。バラバラだったグループ各社の営業担当をひとつのチームにしたのです。
調達から製造・配達、情報システム、決済まで。宅配便単体の機能競争ではなく、事業の川上から川下までの困り事を解決するためにグループが一体になって物流改革を提案する。これは他社には出来ないおおきな差別化要素です。・・商品単体で差別化するのではなく、グループ各社が力をあわせ、『機能』を超える『仕組み』の違いでナンバーワンを維持する必要があったのです。・・機能単体ではなく、物流全体を網に賭けてお客様のお困り事を解決する。この仕組みが強固になれば、それはディファクトスタンダードへの一歩となります。」
いやあ、素晴らしいですね。実は私は4つの領域の「コストダウン対応」領域での対応方法の一つとして、商談を単品提案から包括的な提案に切り替え、「コストダウン対応」領域から「パートナーシップ対応」領域に移行させることを解説しています。まさにそのままの内容の実践であり、ここでもさすがと思いました。
実際ここで木川社長が述べているように、市場の成熟化が進んで「コストダウン対応」領域にはいったならば、そこで勝ち抜いていくのは至難です。たとえ勝ち抜いたとしても、いや勝ち抜いて圧倒的なシェアーを握れば握るほど、市場環境の影響を大きく受けることになるでしょう。市場の成熟縮小化によって事業規模の縮小と利益率の低下は逃れられないことになります。
だからあらためて提供する価値の新たな創造が必要になってくるのです。そのためには、ここで言われるように単品単発的な商品サービスではなく、新たなお客様満足を創造することを目的に、トータルな提案をコーディネートしていくことが求められてくるのです。領域としては、「パートナーシップ対応」領域に入りますが、戦略的には『領域包括化戦略』ということになるでしょう。
※『領域包括化戦略」については、小生のブログ『マトリックス営業戦略バリエーション:『領域複合化(包括化)戦略』を参照下さい。
このように自社事業の成長発展の過程を明確な戦略展開としてとらえ、常に次の戦略の組み立てを考えている企業が、どれほどあるでしょうか。ヤマト宅急便は、会社でも自宅でも大変お世話になっており、その実直で誠実な対応に常に感謝している私ですが、そうした現場の強みだけでなく、変化多様化する市場環境を前提に、明確に自社の発展戦略を進めているトップリーダーシップの素晴らしさにあらためて感心した次第です。
―マトリックス営業戦略バリエーション『事業展開戦略』との関係について―
最後に私の『事業展開戦略』との相違について、簡単に解説したいと思います。
マトリックス営業戦略バリエーションの「事業展開戦略」では、そのシナリオは、
◎事業の生成期:「パートナーシップ対応」領域→
◎事業の浸透期:「エンジニア対応」領域→
◎事業の急成長期:「ハイスピード対応」領域→
◎事業の成熟衰退期:「コストダウン対応」領域
(→「パートナーシップ対応領域」)でした。
ヤマトホールディングスとの違いは、第2番目から3番目のフェーズが、ヤマトでは、ハイスピード対応→[エンジニア対応→ハイスピード対応]であったことです。
その違いを説明しましょう。
私の『事業展開戦略」では、はじめ「事業の生成期」から次のフェーズでは「事業の浸透期」になっていますが、なぜヤマト宅急便事業では、すぐに「市場の成長期」に入っているのかと言えば、そこでの扱い商品サービスが、単品単発の「ハイスピード対応」領域にあてはまるからです。その結果、いったん市場に新たな商品サービスが浸透し出したら、じっくり「エンジニア対応」領域として広がっていくというより、すぐに横展開が進み、一気にその新しい市場が広がっていくことになるのです。
一方それだけに、そのままではすぐ「コストダウン対応」領域にまで移行してもおかしくなかったわけですが、そこでヤマトホールディングスとしては、現場での創意工夫によって新しい商品サービスを創造していったわけです。だからすぐにはコストダウン対応に至らず、エンジニア対応からハイスピード対応領域に留まれたといえるでしょう。この「市場のさらなる成長発展期(成長後期)」を生み出せる市場創造力が、ヤマトの凄さであり、日本に宅配事業がオリジナリティをもって広く定着した一番の理由と思います。
今後、海外展開するに当たっても、この現場からの市場創造の工夫が一番のキーになるのではないでしょうか。
私も今回の事例によって、マトリックス営業戦略をさらに一歩深く理解し、あらたな見方ができるようになったよう思います。
参考図:
コメントする