マトリックス営業戦略バリエーション②「先手必勝戦略」の解説

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 前回、戦略についての基本的な考え方を説明しました。

戦略のストーリー性と現場までの一貫性、「土俵の選定」と変化対応の重要性、「4つの領域」のあわせた事業展開と変化のパターン、必要条件と十分条件の違いといった内容でした。そこでマトリックス営業戦略「4つの領域」を基本戦略において、「5つの戦略バリエーション」が考えられることまでお話ししました。そこでここからはその「5つの戦略バリエーション」の解説に入りたいと思います。

一回で一つの戦略バリエーションの解説をしていきます。また過去に書いた「絶対に勝つマトリックス営業」という小生の著書内容も一部参考までに載せたいと思います。

みなさんの事業戦略についての新たな発想のヒントになれば、幸いです。

 

はじめに:5つの戦略バリエーション

(1)「先手必勝戦略」

―先手を打ったリスク対策の重要性ー

 ―トヨタビスタ兵庫の例―

―ミスミの事例紹介・・コストを超える明確なメリットを提供―

―「パートナーシップ対応」から「ハイスピード対応」に発想を抜本的に変える!―

 


はじめに:5つの戦略バリエーション

 マトリックス営業戦略では、変化多様化した市場を「4つの領域」に区分けし、それぞれの領域の特性に適応した戦略対応を明らかにしています。市場特性の違いによる現実的な"場"を特定するからこそ、その場面からよりリアリティのある実践的な戦略を考えることが出来ますし、そこから具体的な作戦展開や現場の営業対応方法まで一気通貫の組み立てが出来ることになります。

 (「4つの領域」の基本戦略については、

              マトリックス営業戦略の基本編を参照下さい。)

 

但し、そこまでは基本戦略であり、変化多様化がさらに進んで競争関係もより熾烈を極める現在、ひとつの領域に適応した基本戦略だけでは、他社との差別化は難しく勝ち残っていくには限界があるケースもふえています。変化を見据えて変化を味方につける自社独自の戦略バリエーションが求められる時代になってきたのです。

戦略バリエーションとは、「4つの領域」全体を一つの市場と捉え、その市場が大きく変化することを見据えて「4つの領域」の各基本戦略を柔軟に組み合わせたり、重点を移動するやり方です。そこでは市場と自社の体制や活動方法をトータルによりシステマチックに捉えた、柔軟な戦略設計が必要になるでしょう。

 ここでは、その戦略バリエーションとして、次の5つの戦略を解説したいと思います。

 

<5つの戦略バリエーション>

『先手必勝戦略』

・市場の変化の先を読んで、他社が参入する前に先手で一気に市場を押さえる戦略。

◎『独自市場創造戦略』

・自分達の意図した領域で、独自のビジネスモデルを作って、

そこで徹底した差別化を図っていく戦略。

◎『事業展開戦略』

・変化する市場にあわせて事業展開をメリハリよくスムーズに変えていく戦略。

◎『領域最適化戦略』

・自社が扱う複数の商材や商談テーマをその特性の違いによって「4つの領域」にセグメント分けして、それぞれの領域にあった作戦や対応方法をメリハリよく組み立てる戦略。

◎『領域複合化(包括化)戦略』

・自社事業のメイン領域を一つに限定せず、複数の領域にまたがった自社独自のやり方でつなぎ合わせ組み立てる複合的な戦略。或いは、お客様満足テーマを中心に据えて、その実現のために、関連する製品・設備・備品・サービス・メンテナンスをトータルな形でコーディネートして提供していく戦略。

 

 

(1)『先手必勝戦略』の解説


・市場の変化の先を読んで、他社が参入する前に先手で一気に市場を押さえる戦略。

典型的なパターンとしては、アナログ的なパートナーシップからエンジニア対応中心の市場が、デジタル化してハイスピード対応やコストダウン対応領域が広がっていくことが予測されるタイミングで、先手を打って他社を出し抜き、一気に圧倒的なマーケットシェアを押さえてしまうやり方が考えられるだろう。

過去の日本では、従来型の人的販売方式をとっていた業界において、後発で新規参入した企業がIT等を活用して、一気に市場を押さえてしまうような事例も多かった。例えばネット通販やネット予約などがその代表例だろう。

最近では、中国や韓国の大手企業が、テレビ・パソコン等、製品のデジタル化「モジュール化」の流れに乗って、日本や欧州企業が占めていた市場を一気にひっくり返して圧倒的シェアを握るといった事例が増えてきている。また、先行した技術の優位性によってデファクト(標準化)を先に押さえるというのも、この戦略の一つだろう。

目指すのがハイスピード対応領域であれば、いくつかの会社がそれぞれの分野で生き残れるが、時間の経過と共にコストダウン対応領域のウェートが高まっていくと、そこでは圧倒的シェアを握った一社しか生き残れない。そのため、先手で他社を出し抜くための『一気呵成のマーケティング作戦』『徹底したコストダウン』が求められ、そのためのトップの決断がとても重要になる戦略だ。

 

例:アマゾン、ミスミ、サムスン、マブチモーター、デル、

(過去のコカコーラ自販機展開)

  プラットホーム戦略、デファクトスタンダード戦略、



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―先手を打ったリスク対策の重要性ー

但し、この戦略は圧倒的な差別化が難しく、常に他社との競争を意識しなければならない場合が多い。また最終的には「コストダウン対応」領域に行き着いてしまうため、その後の市場の衰退リスクを背負わなければならない宿命も考えられるだろう。扱う分野の市場自体が万一無くなってしまうなら、いくら圧倒的シェアを握っていても、いや圧倒的シェアを握っているからこそ、その市場の衰退を真正面から受け止めざるおれなくなる。

このリスクを回避するためには、一つには常に新たな『ハイスピード対応』の商品を取り扱って対象分野をリニューアルして広げていくこと。多くの既存客を持っているという取引構造の強みから、新しい商品の販売は比較的スムーズに進められるはずである。但し、メインとする市場全体が消滅したら逃げ場はない。

今一つは、市場の衰退をいち早く予測して、独自に保有する中核技術を横展開して、まったく違う市場に事業活動を移行することだ。例えば富士フィルムは、圧倒的なシェアを誇って安定的な収益を上げていた写真フィルム事業の衰退を事前に予測して、メイン事業の重点を特殊産業機材や医療資材分野に大きく移行させることに成功したが、その典型的な事例だろう。さしずめ失敗事例の典型はコダックということになる。

 

※参考:

 以前「絶対に勝つマトリックス営業」(小生著:プレジデント社刊)にて、「先手

必勝戦略」について解説した文章(一部修正)を参考までに掲載しましょう。少々古

い文章ですが、事例中心ですので現在読んでも参考になる部分が多く、戦略を具体的

に理解していただく手助けになるものと思います。

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 ―トヨタビスタ兵庫の例―

市場の変化から、他社に先んじるという「先手必勝戦略」の例では、自動車販売業界か

ら著名な会社を上げましょう。

 トヨタ系ディーラーで、トヨタビスタ兵庫という会社があります。大手小売スーパ

ーチェーンのダイエーがはじめた自動車販売会社ですが、そこでは営業マンにローラ

ー訪問をいっさいさせず、チラシによる店頭へのお客様集客によって販売効率をあげ

ています。チラシにはその営業店の近隣地域で最も安い実勢価格とメーカー指示価格

の二重価格をあわせて載せ、はじめから値引き価格を打ち出したワンプライス制度を

とっています。そうしたチラシを40万部以上毎週配布するわけですが、それを読んで

来訪されるお客様の購買意欲は非常に高く、成約率も高いそうです。

 営業マン一人当たりの月販台数は通常4台前後と言われていますが、ここでは8.4台となっているのです。またサービスに関しても「通院型サービスシステム」と称して、点検でお客様からご来店いただく格安サービスを実施しています。車両の引き取り、受け渡しにかかる手間をなくすことにより、一人当たりの車両整備件数が平均よりも3倍近くになっています。これらのことから、売上高はともかく収益性から見て、トヨタ系ディーラーの中ではトップクラスにあるのです。 

 多くの自動車販売会社が先ほど見てきたように、市場がより「コストダウン対応」の領域のウェートを高める中、いまだ「ハイスピード対応」型の人海戦術に頼って赤字に苦しんでいる姿と比べれば好対照と言えるでしょう。

 証券会社で言えば辣腕営業マンを廃し、新聞広告やインターネットを中心とした通販に特化した松井証券なども、同業界の中では他社に先んじて「コストダウン対応」の領域に移行し、独自な強みを発揮している例と言えるでしょう。 

 

―ミスミの事例紹介・・コストを超える明確なメリットを提供―

 また他社に先駆け「コストダウン対応」に特化した企業としては、金型部品商社のミスミが有名です。

 従来はベテラン営業マンが顧客の生産技術担当者等と商談して、寸法等の細かい仕様を決めて注文を取っていたやり方を改め、すべてカタログ販売でFAXで注文を頂くことにし(今ではインターネット注文中心)、営業マンを全員カットしたのです。このためハーフメードという考え方を取り入れ、顧客側が簡単に仕様指定してFAX送信すれば受注センターが受け付け、2~3日後の決まった納期にきっかりその部品をお届する仕組みを作りあげました。

 ミスミの凄いところはこの「コストダウン対応」の領域だからといって、けっして価格が安いわけではないのです。むしろ通常に頼むよりも高いのです。ポイントは注文後、数日で届く短納期です。お客様から見れば、いちいち営業マンに来てもらって時間をかけて打ち合せし、そして納期もその場ではいつになるかはっきりしないよりも、手早く自分で発注出来すぐに注文したものが手に入る方が多少コスト高だとしても、よほどメリットを感じているわけです。「コストダウン対応」の領域だからといって、決してコストだけがお客様のメリットとは限りません。誰にでもわかる明確なメリットをつくればよいわけです。

 それから営業マンをなくしたからといって、いや無くすからこそお客様との交流を他の手段によって補完したりして、より重視しなければならないのです。この点においても、ミスミは様々な工夫を行っています。

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<ミスミの顧客との交流の工夫・しかけ>

 ●フェイスカード:カタログに挟んである新規顧客のための情報カード。このカードによって、ユーザーから直接カタログを請求してもらう。10万人以上の登録があるとのこと。

 ●コミュニケーションカード:ユーザーから意見、要望、アイディアを収集するカード。設計図等が描けるようにマス目に線が入っている。カタログと別冊になって何枚も入っており、気楽にFAX送信できるよう工夫されている。年1000枚程度の返信があるという。

 ●提案カード:ユーザー向けの定期情報紙「VOICE」にはさんであるアイディア提案カード。景品などがつく。

 ●インフォメーションカード:自社の開発担当が、直接エンドユーザーから聞き込んだ情報を集めたカード。営業マンの市場情報収集と同じ機能であり、実際の開発に活かされる。

 ●アンフィットカード:受注の際に「こういう商品が欲しいが・・」といわれて、なかった際にサービスセンターが記入するカード。別部隊が確認していくとのこと。年12万枚にもなるそうだ。

 ●クレームカード:サービスセンターで、クレーム発生時に作成。営業、商品、流通と、原因及び対策担当部門別に分けている。この他、顧客からの苦情、要望で「イエローカード」もある。

その他「満足度評価アンケート(上位3000社に年2回)」「好感度評価調査(サービスセンター対応についてのアンケート)」「好感度アンケート調査(クレーム発生客に対する後フォローのアンケート)」なども行っている。そのしつこいほどの徹底ぶりには驚くほどだ。

 ちなみに、顧客から5件以上同一の要望があった場合、無条件で商品化しているとのことである。(小生著「リレーショナル・マーケティング」より)

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―「パートナーシップ対応」から「ハイスピード対応」に発想を抜本的に変える!―

 市場の変化を読んで先んじるのに、必ずしも「コストダウン対応」の領域だけに限るわけではありません。「パートナーシップ対応」の領域から「ハイスピード対応」の領域への戦いへ移行させるという方法もあります。

例えば(過去の例ですが・・)フォーバルの前身である新日本工販という会社は、過去それまで業界秩序で守られてきた電気通信事業分野において、格安的な電話販売事業を立ち上げ、瞬く間に市場を席巻して株式上場を果たしました。その販売方式というのは、徹底した価格訴求のチラシと個別企業へのローラー作戦です。

 また・・携帯電話やPHSの販売で驚異的な売上の伸張を実現し、瞬く間に1000億円企業の仲間入りを果たした光通信という会社も著名でしょう。光通信では徹底的に営業のスピードを上げるため、情報システムをフル活用しており、TELアポを取るために自動的に相手先に電話がかかるシステムを導入したり、商談の進行条件を明確にしてはっきり見込み客をふるいにかけ、有効な商談に絞り込めるSFA(セールス・フォース・オートメーション=商談進行・支援管理システム)を使って、営業マンをフル稼働させています。

 住宅販売業界では、・・、建売の住宅販売において、これまで平均して数カ月以上かけていた成約期間をなんと1週間で行うことにした会社がありました。 

 「住宅は高価はモノだから、お客様はじっくり考えて、いろいろ検討してから購入を決めるだろう。だから商談に何カ月かかってもおかしくない」という常識に反して、実際に1週間で販売したそうです。そして1週間を超える交渉途中のお客様については、ペンディング客として割り切り、商談をとりやめてしまったとのことです。確かに、お客様が決断するのは一瞬のことであり、いくら時間を掛けたからといって、購入意欲が高まると言うわけではありません。この企業はこの「ハイスピード対応」の営業をとることにより、短期間で莫大な利益をあげました。

 システム業界でも、今までオーダーメードな受託業務によって作り上げてきたシステムを、他社に先駆けて汎用的なパッケージ化が出来れば、やはり大きな利益の取れる可能性は高いでしょう。「エンジニア対応」から、「ハイスピード対応」の領域への移行をいち早く進めることは、どの業界であっても、特に市場が拡大していく成長前期に当たるならば、その事業の飛躍的な発展を約束してくれることでしょう。

 但しその場合、繰り返しますが、他社が類似的な商品を発売してくる前に、一気に市場を押さえてしまうことです。圧倒的なシェアの中で、コスト競争力をつけるとともに、常にお客様のニーズを聞いて、リニューアルやバージョンアップを他社に先駆けて行い、常に「ハイスピード対応」の中で、先行者利潤を取り続け、それをまた開発投資に振り向けて他社を引き離す。それが戦略です。その戦略の流れが切れた時、その事業はあやうくなるのです。


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追伸:2012年の今からこの文章を振り返ると、まさに現在の日本の家電業界の惨状を言い表しているよう思います。過去、日本の企業は欧米企業に先行した商品やビジネスモデルを開発して、市場を席巻してきました。ところがバブル崩壊以降長くつづく経済停滞によって、そうした「先手必勝戦略」が取れなくなっています。むしろ中国、韓国、台湾といったコスト競争に強く、またトップダウンで一気呵成に市場を攻めることができる先進後発国の巨大企業が、同様の戦略パターンを奪取してしまっていると言っていいでしょう。

 これからは、日本企業が「先手必勝戦略」だけで勝ち抜いていくことは、国内市場の国内企業との競争だけならともかく、広く海外市場を対象にしたり国内市場でも海外企業との競争を考えるならば、至難に近いものと思います。


                                                       以上

次回は「『独自市場創造戦略』解説」


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このページは、CBC総研が2012年7月 6日 13:51に書いたブログ記事です。

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